7月6日(日)に、ドキュメンタリー監督の大島新さんによる講演会を開催しました。
大島さんはフジテレビに入社後、テレビ局の社員ではドキュメンタリー作品を作れない、と4年で退社しフリーに転身。その後、自分の作りたいと思うドキュメンタリー作品を多く手がけ、現在では映像制作会社「ネツゲン」を設立して監督・プロデューサーとして活躍しています。
今回の講演では、ご自身の監督作品『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)、『香川1区』(2022)、『国葬の日』(2023)を取り上げ、制作秘話や制作を通してご自身が感じたこと、考えをお話くださいました。
講演概要
『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)、『香川1区』(2022)は、現在、立憲民主党の幹事長を務める小川淳也議員の活動の様子を追ったドキュメンタリー映画です。小川淳也議員が初出馬した2003年から20年近く追い続けた作品ですが、当初は映画化する予定はなかったそうです。それがなぜ映画になったのか。大島さんは企画理由を教えてくださいました。
フリーになった頃の大島さんは、人物のドキュメンタリーを手がけていましたが、「いつか政治家を追った作品をやってみたい」と思っていたそうです。そんな時、たまたま奥さん同士が知り合いという縁で、初出馬する小川淳也氏を知りました。
当時の小川氏は官僚を辞めての出馬ということもあり、志が高かったと言います。心の底から「日本をどうにかしたい!」という思いを持つ小川さんに共感した大島さんは、しばらくウォッチしていこう思い、ただ単に時々カメラを回して様子を記録する程度だったと言います。
2005年、2度目の出馬で何とか比例復活当選を果たし政界入りした小川氏ですが、志とは反対に全く活躍することができずにいました。小川氏を追って13年がたった2016年、大島さんはこの記録を映画にしようと思い、本格的に取材を始めます。安倍一強時代の政界で、比例復活当選では「選挙区に勝っていない」という負い目から発言力を得られない議員たち。選挙戦で地元に戻らなくても当選してしまう議員たち。選挙区によって闘う相手とのスタートラインが違うことへの疑問。そういったものが、映画を制作するきっかけになっていったと言います。
『香川1区』(2022)は、『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)では追い求め切れなかった「自民党の強さとは何か」をさぐるために制作したそうです。
自民党支持者にインタビューをすると「小川は嫌いじゃないけど立憲民主が嫌い」「べつに自民党候補者は好きじゃないけど自民党だから入れる」「うちは自民党支持だから」などという答えが返ってきたそうです。
取材を通じて、自民党は地元の要となる人や場所にしっかりと根をはれている姿が見えてきたと言います。そこには有権者や地盤固めへの地道な活動やメディア戦略の結果があり、地元に根がはられていない党との差がここに表れていたそうです。
この2作品は小川議員のPR映画だと言われたこともあるそうです。しかし、大島さんは「小川さんを勝たせたいと思って撮っていたわけじゃない。興味深い人物として取材していた。」とおっしゃっていました。
『国葬の日』(2023)は、国葬の是非を問うのではなく、その日に起こっている様子を映し出すことに徹したと言います。「国葬が」ではなく「国葬の日が」、人々にとって何なのかを探りたい、と取材を決めたそうです。「賛成の人にも反対の人にも、この日には日常がある」それを映しだしたい。そんな思いを語ってくださいました。
当日、各地で国葬について取材したところ多くの人が「どちらかというと(賛成/反対)」「(賛成/反対)どちらの気持ちもわかる」という言葉を使って答えたそうです。そしてもう一つ多かった答えが「今日が国葬の日だとは知らない」というもの。
国葬について賛成、反対の2極が分断していると思い取材していたところ、無関心の方が多かったということがわかったそうです。
『国葬の日』の制作を通して、関心と無関心の分断があることがわかった、と大島さんは言います。
大島さんはさまざまなドキュメンタリー制作を通して、日本人の「個」の弱さを強く感じたそうです。それゆえ団結したり集団のために、ということが得意ということもあり、短所でも長所でもあります。
大島さんは、日本は民主主義国家というけれど、「自分が決る主体」ではなく「国や誰かが決めたから」ということでやり過ごされていることが多いのではないか、それは本当に民主主義なのか、そんな問いを呈していました。
日時
2025年7月6日(日) 14:00~16:00
場所
塩尻市市民交流センター(えんぱーく) 多目的ホール
講師
大島 新(おおしま あらた)さん
1969年神奈川県生まれ。1995年早稲田大学卒業後フジテレビに勤務。1999年フリーになり、MBS「情熱大陸」フジテレビ「ザ・ノンフィクション」など数多くのテレビドキュメンタリーを手掛ける。2007年初の映画監督作品『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』を発表。2009年映像製作会社ネツゲンを設立。以後、監督・プロデュース作品多数。主な監督作品に『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)、『香川1区』(2022)、『国葬の日』(2023)。著書に『ドキュメンタリーの舞台裏』(文藝春秋)。
2024年より東京工芸大学教授。

