7月14日(日)に、ロシア文学者で名古屋外国語大学学長の亀山郁夫さんをお招きして講演会を開催しました。

ドストエフスキーの作品や世界観を手掛かりに、謎に満ちたロシア的精神の根源に迫る講演になりました。

講演概要

2021年11月11日、ドストエフスキー生誕200年の日、プーチン大統領は「ドストエフスキーは天才的な思想家でありロシアの愛国主義者である」と称賛しました。この時点でプーチン大統領は、既にウクライナ侵攻を決意していたと亀山先生は言います。

ドストエフスキー最晩年(19世紀半ば~後半)の世界観は、「ロシア人の特徴は、全世界の民族と共鳴できる能力であり、ロシア人であることは全人であること、あらゆる人間であること」というロシア中心主義的な考え方でしたが、ウクライナ人も含めたスラム諸民族の平和と自由を目指すもので、領土拡張の意思はありませんでした。しかしプーチン大統領はウクライナ侵攻の口実の一つとしてドストエフスキーの言葉を使い、国民の愛国心を利用したのです。

これには、ヨーロッパに対するぬぐいがたいコンプレックスが影響しています。

ヨーロッパ人には、ロシア人は一皮むけばカタール人という長い歴史に培われたロシア観があり、ロシアはロシアであることだけで罪であり、ロシア人はロシア人であるだけで罪人であるという認識を持っている。ヨーロッパにとってスラム民族は憎むべき存在であり、これにはウクライナも含まれている。ナポレオン戦争や独ソ戦争でロシアはヨーロッパの救世主になったにもかかわらず、戦後憎まれる奇妙な現象がおこっている。強者(スラブ民族)による保護は弱者の反発と憎悪を喚起することを、ドストエフスキーの時代からロシア人は認識しているのだともおっしゃいました。

亀山先生の見方は、プーチンは究極のロマンチストで自分の夢には誠実だけれども他人には冷たい人物。ロマンチストは基本的にキズを持っている人間だが、そのキズは何か、個人的なキズなのか政治的な自尊心のキズなのかは見えてこない。ロマンチストの側面がドストエフスキーのロマンティシズムと一体化し、スラブ民族の統一といったある意味時代錯誤的な夢の押付けになっている。

ドストエフスキーが悪いのではなく、ロシア文学が悪い。文学の中に自分たちの夢を託して切り開こうと思い、それが戦争につながっている。ロシア人が大好きな文学に責任があるのではないかとおっしゃっていました。

プーチンそしてロシア人一般のメンタリティの根本に潜む思考様式をドストエフスキーの作品の中に探ってみると、『カラマーゾフの兄弟』で、「神がなければ、すべては許される」と次男は言います。ロシア人は強い神、強い支配者を半ばマゾヒスティックに待ち望み、自分たちを縛ってくれることで精神的な自由を享受できる。そうしないとロシア人の堕落はとどまることを知らないことを意味している。

『罪と罰』では、「正当な理由があれば、天才は、凡人の権利を踏みにじることができる」と主人公は言い、殺人を犯しても罪の意識を持ちません。この「正当な理由」というのがくせもので、そこには理論のすり替えと、善悪の観念、倫理的観念の完全な喪失がうかがえるそうです。

最後に、「対話の追及がすべてです。リアリズムは恐ろしい悲劇を人間にもたらすと書いたのはドストエフスキーですが、これ以上の悲劇を回避するすべは、もはや建前を貫くこと以外はありません」と結ばれました。

『続カラマーゾフの兄弟』の執筆を熱望する声があがるなか講演会は終了しました。

日時

2024年7月14日(日) 14:00~16:00

場所

塩尻市市民交流センター(えんぱーく) 多目的ホール

講師

亀山 郁夫(かめやま いくお)さん

 1949年、栃木県生まれ。名古屋外国語大学学長。世田谷文学館館長。日本芸術院会員。ロシア文学者。平成14年に「磔のロシア―スターリンと芸術家たち」で大佛次郎賞、平成19年に翻訳「カラマーゾフの兄弟」で毎日出版文化賞特別賞、プーシキン賞を受賞。平成24年に「謎解き『悪霊』」で読売文学賞受賞。ドストエフスキーの新訳では、他に「地下室の記録」「罪と罰」「悪霊」「白痴」「未成年」がある。また2015年に自ら最初の小説となる「新カラマーゾフの兄弟」を刊行。

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