10月30日(水)に古田晁記念館文学サロンを開催しました。今講演会は、出版社「筑摩書房」創設者で北小野出身の故・古田晁氏にちなんだ講演会です。
今年は、2023年に筑摩書房主催の文学賞「第39回太宰治賞」を受賞した作家、西村亨さんとフリーライターの永江朗さんによる講演の二部構成で行いました。
講演要旨
第一部 西村 亨さん「恥ずかしさを乗り越えて、内側の幸福に目を向けて生きる」
第一部では2023太宰治賞を受賞された、作家の西村亨さんが「恥ずかしさを乗り越えて、内側の幸福に目を向けて生きる」と題し、ご自身の生い立ちから受賞作『自分以外全員他人』を執筆されるまでのエピソードをお話してくださいました。
鹿児島県の漁師町で生まれた西村さん。幼少期の家庭環境により自分は「人よりも一段下の存在」、「幸せになってはいけない」と思い、人の顔色を窺いながら生きてこられました。
人に奉仕し、神様に媚を売ることで徳を積み、早く天国で平和に暮らしたいと考えていたそうです。ところが西村さんが小学校3年生の時、ノストラダムスの大予言を知りました。そして予言を信じ怠惰な日々を過ごされましたが、予言の日まで残り4年のときに「死ぬまでにマシな人間になりたい」と、これまで読んだ事がなかった小説を読むことにしました。その小説こそが太宰治の『人間失格』だったそうです。
そのときの思いについて西村さんは「子どもの頃から隠してきた想いが自分だけじゃなかった」と語られました。そこで、「誰かの恥が誰かの役に立つことがある、みっともない人生を小説に書くことで挽回したい!」と思い立ち、42歳で太宰治賞への応募を始めました。
ストレートに恥を晒そうと思って書いた私小説が太宰治賞を受賞。中には誹謗中傷する人もいましたが、「面白かった」と言ってくれる人に支えられてなんとかやってこられたそうです。
西村さんは「自分が本当にやりたいこと、好きなことで褒められたい。今の自分があるのは恥ずかしさを乗り越えて書いたから。開き直ると新しい扉が開かれていく。」とおっしゃっていました。
作品に母親のことを悪く書いてしまったことを気にしたが、「世間に何を言われても気にしなくていいよ」とお母様は言ってくれたそうです。
「小説を書くことが一番の喜びで、死にたくなることもあるが、つらい時を乗り越えていきたい。これを書きたいと思える小説のテーマが見つかったので、それを書くまでは死ねない。書きたいという思いを力に生きていきたい。」そう仰って講演会を締めくくりました。
講演中緊張しているとのことでしたが、丁寧で穏やかな語り口調で、西村さんの思いが参加者の心に届くような講演でした。
第二部で講演された永江朗さんは、西村さんのことを「21世紀の太宰治」と仰っていました。


第二部 永江 朗さん「筑摩書房と古田晁と信州と」
第二部ではフリーライターの永江朗さんが、「筑摩書房と古田晁と信州と」と題しお話してくださいました。
まず、筑摩書房の社名についてお話しされました。
筑摩書房のように、創業者の故郷の名前を付けた出版社は他にあまりないそうです。古田晁は島崎藤村を愛していたので、最初は出版社の名前を「千曲書房」にしようとしましたが、「センキョク」と読まれてしまう可能性があるので「筑摩書房」にされました。
次に、古田晁の編集者としての特徴についてお話しされました。
特徴の一つ目は「人望がある」ということ。永江さんが筑摩書房の社員にインタビューした時「筑摩書房が倒産したのが、古田さんが生きている時じゃなくて良かった」と言う方が多かったそうです。
特徴の二つ目は「信州との関わりと郷土愛」が強かったということ。51年前の10月29日、古田は東京で信州を舞台にした映画を観たあと、よっぽど嬉しかったのか医者から止められていたお酒を飲み、その後帰りのタクシー内で信州を思いながら亡くなりました。
また、古田晁と太宰治のエピソードも紹介されました。古田はほとんど本を読まない人で、編集業は他の人にお任せだったが、太宰治など数人については自ら担当しています。太宰の友人の画家に本の装丁を依頼して、最高額のギャラを二重に支払うなど太宰を大事にしていました。また、太宰は心中する前に古田を訪ねているが、その時古田は不在でした。もし会えていたら、太宰は死ななかったかもしれない。古田は小野で食べ物を調達してから、井伏鱒二に太宰を静養に連れて行ってもらおうと思っていた矢先の出来事だったそうです。
現在までに古田晁についての本が沢山出版されており、これは珍しいこと。故郷の誇りに思って良いと仰っていました。古田は信州に始まり、信州に終わる、信州を大事にした人。筑摩書房の本の校正を小野村で、印刷を伊那で行うなど、何かにつけバックアップする場所でした。
古田晁の名言「恥ずかしい仕事はしない」「けち臭い真似はするな」「いい本は金に糸目をつけない」「いい本は放っておいても売れる」なども紹介されました。
この他、太宰治賞の裏側や古田と臼井吉見との関わり、筑摩書房を興す時の事など幅広くお話くださいました。


西村さん、永江さん、ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。
日時
2024年10月30日(水) 13:30~16:00
場所
北小野地区センター 多目的ホール
講師
西村 亨(にしむら りょう)さん
1977年鹿児島県生まれ。東京都在住。鹿児島県立鹿児島水産高等学校卒業。2023年「自分以外全員他人」で第39回太宰治賞受賞。同年、南日本文化賞奨励賞を受賞。2024年『孤独への道は愛で敷き詰められている』を刊行。
永江 朗(ながえ あきら)さん
1958年生まれ。北海道出身。書籍輸入販売会社勤務を経てライター兼編集者に。 現在はライター専業。主な著書に『筑摩書房 それからの四十年』、『四苦八苦の哲学』、『小さな出版社のつづけ方』など。



