講演概要

医学やスポーツのライターとして認知されてきたが、自分が共感できる人の一生をじっくり書いてみたいと思った。その最初が『清冽』。学生時代から現代詩が好きだったが、茨木さんの詩は素通りしていた。今は「こんなにすばらしい人だったのか」と思っている。本とはそういうもので、ある時それを必要とする時期がくる。

茨木さんは、自分探しに手間取った人だと思う。親が決めたレールに乗り、興味のない薬学を学んでいた。人生に希望が持てずどう生きればいいかわからなかったのではないか。「“青春が美しい”とは過ぎ去ってから思うことで、渦中は苦しみ。それが青春の本質」と言っている。そこに大きく共鳴した。

人物を書くときは、いつも「この人の本質は何か」を考える。茨木さんの本質は「戦争」。人が詩人になるには、その人の時代的な根拠があると思うが、彼女の場合は「あの戦争は何だったのか」がモチーフになっている。代表作「わたしが一番きれいだったとき」「自分の感受性ぐらい」は、思春期を「軍国少女」として過ごしつつ、当時は押し込めていた戦争への違和感を戦後しばらくたってから書いたもの。

茨木さんは社会性の濃い人で、「自分と日本社会」というテーマを生涯手放さなかった。パソコンやファックスなどを持たず、利便的なことに対して懐疑的だった。詩集『寄りかからず』がベストセラーになったのは、物があふれ、それが人をどれだけ幸せにしたのか、という問いに共感した人が多かったからではないか。

『清冽』というタイトルは、茨木さんのイメージから付けた。清らかで激しく、凛としている。強さと同時にナイーブな内面も持ち合わせているが、ぐちをこぼすことは一度もなかった。すっくと一人で立ち、一人で戦う。そんな生き方や姿勢が言葉から伝わってくる。茨木さんの「言葉の力」に励まされている。

日時

2020年7月19日(日曜日)14:00~16:00

場所

塩尻市市民交流センター(えんぱーく)多目的ホール

講師

後藤正治(ごとうまさはる)さん

1946年京都市生まれ。72年、京都大学農学部卒。ノンフィクション作家。『遠いリング』で講談社ノンフィクション賞、『リターンマッチ』で大宅壮一ノンフィクション賞、『清冽』で桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『言葉を旅する』(潮出版社)、『探訪名ノンフィクション』(中央公論新社)、『天人 深代惇郎と新聞の時代』(講談社文庫)、『拗ね者たらん 本田靖春・人と作品』(講談社)など。

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