講演概要

中上健次さん、紀和鏡さんという作家夫婦に育てられたが、両親の職業を胡散臭く感じていた。転校が多かったせいか内向的な性格で、本を読んでいるのが好きな子どもだった。

海外に住んでいたこともある中上さんは様々な経験をした。タイのアカ族の村にホームステイをした際に、結婚するしか生きる術がない女性がいるということを知った。一緒に文学雑誌を作ろうと中上健次さんと約束したアメリカの友人に中上健次さんと共に会いに行った際、その方が投獄中で会えなかったこともあった。ロサンゼルスの暴動のときに理不尽な差別を目の当たりにした。様々な経験を通じて、世界では自由に表現することが不自由な人もいて、日本では非人道的な弾圧を受けることがないからこそ、責任のある表現をしなければと思った。

日本の(特に若い人)はとても自由だけど広い世界を見た上で、無限の選択肢に気づいてほしい。それらの言葉を紡いで自由に表現するのが日本の作家の役割であり責任である。

作家になりたいと思ったこともなかったし、きっと両親は反対しただろう。でも書くことより上手にできることが多分ない。酔った父は母にほぼ毎晩暴力をふるったけど別れなかった。父は文学をやらなければ生きていけなかったから、中上さんは幸せに育てられた。けれどもそれが文学をやる必要はなかった理由になるのかと自問した。父である中上健次さんの自由に生きろという声が聞こえ続けていた。

自分の生活は特殊だったが異質なものをたくさん吸収できて幸福なことだった。自分の持っているものを小説に昇華させよう。書きたいと思うことは生きたいと思うことである。

しかし現実は労働しながらでないと書けない。人間の営みを書くためには労働も必要なこと。自分の最近の作品はすごく密接に人間の営みとつながっている気がする。

著書「天狗の回路」では国際結婚した女性が主人公で日本のカップルにはない悩みを抱えている。今はSNSなどが普及して複雑になった。それでも現代の人も昔の人も普遍的なことで悩んでいる。虐待や移民問題など色々なことが起こっている日本で枠からはみ出した人たちの声を聞きたい。

物語が生まれ続ける船旅の途中であり、物語の書き手は漂っている船なのかもと思う。自分の力で航路を見つけて進んでいきたい。

質疑応答では、参加者から小説をつくるとき取材はどのくらいするのか、父中上健次さんの影響は受けたのか等様々な質問が出ました。取材はするけどあまりガッツリはしないとのこと。雰囲気を感じることを大事にしているようでした。他にも中上健次さんの影響は受けていると思うが、行動が同じで川や市場に行きたがるところがあるともお話してくださいました。

今後のことに聞かれた際に長い話を書いたことが無いので挑戦してみたいと意気込みを聞かせてくださいました。

中上さん、参加いただいた多くのみなさま、ありがとうございました!

日時

2020年8月30日(日曜日)14:00~16:00

場所

塩尻市市民交流センター(えんぱーく)多目的ホール

講師

中上紀(なかがみのり)さん

1971年東京生まれ。作家。ハワイ大学芸術学部美術史科卒業。1999年、『彼女のプレンカ』ですばる文学賞。小説、エッセイ、紀行などを執筆する傍ら、アジア、アメリカ、熊野を往復する。日本大学、武蔵野大学非常勤講師。中上健次が故郷和歌山県新宮市を拠点に創設した文化組織「熊野大学」にて夏期セミナーの企画、講師。主な著書に『イラワジの赤い花』、『夢の船旅 父中上健次と熊野』、『いつか物語になるまで』、『アジア熱』、『月花の旅人』、『海の宮』、『熊野物語』、『天狗の回路』。最新刊は『タクシーガール』(バジリコ)。

中上紀さん1
中上紀さん2
中上紀3
9215244d213e06f81e8b531a95078640