上田市出身で信濃毎日新聞社論説主幹の丸山貢一さんの講演会を開催しました。

講演概要

現在の論説委員は8名。彼らの机の上には沢山の書籍が積まれており、文章を書くための知識を得るために日々役立てている。毎日11時から会議を行う。社説はそれぞれの分野の担当者が執筆内容を提案する。それに対して「斜面」は当番制で事前に決めた執筆者が内容について説明を行う形式になっている。会議が終わると昼すぎから執筆作業を開始し、夕方までに終了。午後7時から8時に最終確認を行い、次の日の朝刊に掲載される流れだ。

「斜面」の誕生は1950年の3月10日付の朝刊。執筆者は副社長兼編集主幹の本多助太郎氏。「斜面」という名前についてや読者に語りかけるような内容だった。現在の「斜面」は、全体の行数や1行の文字数が当時のスタイルと若干変わっている。だが、段落を表す「◆」が波型の配列になるように書いているところは昔から変わっていない。決まった形式の中でどう表現するか考えることで文章の質を高めているのだ。

「斜面」はその日にあった大きなニュースを受けて作成することが多い。いつも悩みながら執筆しているが、昨年の台風19号を受けて書いた際は、悲惨な現状を目の当たりにしたとき自分の文章の立ち位置と距離感をどうしたらよいか苦悩した。そして千曲川の情報を収集し、リンゴをテーマに書き上げた。昭和を代表する歌人の斎藤史さんの歌も引用した。リンゴ農家の方からメッセージが届いたときは、執筆して良かったと感じた。

大きなニュースが無いときはその日の小さな気づきを基に書いたり、話題のニュースについて書いたりもする。ある地域を取材するため5時間かけて出向いたこともあった。

「斜面」の執筆プロセスを小4女児虐待事件を例に挙げて解説する。まずは5枚の付せんに段落ごとのキーワードを書き、おおまかな順番を決める。そして伝えたいことを決めるためタイトルをつける。いつも最初に何を書くかが悩み。時間は午後3時から書き始めて午後6時に完成することを目標としている。何度も文章を作り直し、最後を締めくくる。だが今自分がこの「斜面」を読んだとき、もっと別の締めくくり方もあったのではないかと考えてしまう。いつでも自分がどんな立場に立って書くかを念頭に置いて作っている。

信濃毎日新聞の歴史についても紐解いていく。大きな事件は「信毎学芸グループ事件」だ。1941年12月9日、太平洋戦争開戦直後に信毎学芸欄の「農村雑記」常連投稿者、編集者ら13人が治安維持法違反容疑で検挙された。戦争という非常時の中で思想や書き物は必要がないという上からのお達しにより、自由に意見を交わす場は失われた。

そもそも「農村雑記」は読者投稿欄として1930年に登場した。その時代の政治について投げかけるものが多かった。1933年8月11日に主筆の桐生悠々が社説で「関東防空大演習を嗤ふ」を執筆。先見性にとんだ内容だったが、信州郷軍同志会の怒りを買い記事の撤回や謝罪を要求された。さらに、この社説を天皇への不敬問題にすり替え不買運動を始めると通告。それを受けた当時の経営陣は、信濃毎日新聞社自体が倒れる瀬戸際に追い込まれ苦渋の決断をし、悠々は自ら身を引く形で退社した。その後も日本は長きにわたり戦争を続け、その間には本当は伝えたかったのに伝えられなかった出来事もたくさん存在した。私たちの表現の自由はそういった犠牲のもとに成り立っている。

多くの原稿を書いた中で思い出に残っているものが太平洋戦争の激戦地であったペリリュー島に届いた玉砕の暗号伝聞「サクラ、サクラ」についてのもの。ある読者から「私の声」という投稿欄に文が寄せられた。自分が内に秘めていた心の封印が解けた、というメッセージだった。これを読んだとき、今まで仕事をやっていて良かったと改めて感じた。メディアは今までの戦争の記憶を持っている。今後、もし少しでも戦争の兆しが見えたとき、それに対して異議を申し立てられるようにしている。二度と戦争を起こさないためにも論説委員という仕事を続けていく。

講師

丸山貢一(まるやまこういち)さん

信濃毎日新聞社、論説主幹。1955年上田市生まれ。1979年早稲田大学第一文学部卒業。同年、信濃毎日新聞社入社。長野本社編集局報道部、大町支局、軽井沢支局などで記者活動。1999年連載企画「介護のあした」のデスクを務め、日本新聞協会賞受賞。長野本社編集局報道部長、同編集局次長兼文化部長、同松本本社報道部長を経て、2012年10月から論説委員、2014年4月から論説主幹。信濃毎日新聞1面のコラム「斜面」、1面署名入りコラムなどを執筆している。

丸山貢一さん1
丸山貢一さん2

日時

2020年11月8日(日曜日)14:00~16:00

場所

塩尻市市民交流センター(えんぱーく)多目的ホール

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