講演概要

 子育てをする中でベビーカーで散策したりしていると「この電柱は邪魔だなぁ」と思ったり、今まで知らなかった地域に出会い、自分の暮らす町の新たな気づきを得て、「この町の歴史を掘り起こして雑誌を出そう」と決めた。集まったメンバーは今でいう保育園のママ友。ここから地域雑誌「谷中・根津・千駄木」が生まれた。
自分たちで地域雑誌を出そうと思った背景にはもう一つ、小さな町の郷土史や記録がほとんどないという実情もあった。図書館などに行っても、大きな町や都市の資料はあっても、谷中や根津のような場所の資料はない。それならば自分たちが発掘して作っていくしかない、それが出発点だった。

 初めは古くから住む人たちに町での思い出や歴史について記事を書いてもらう依頼をしていたが、原稿を取りに行くと「面倒だから」という理由から書いてくれない状況が多く苦労した。そこで、自分たちで話を聞いて書く「聞き書き」を始めた。信頼性が求められる歴史の分野では、人の話をうのみにして書くのはNGとのこと。その中で正確な情報を得て残すために、細かくインタビューをして当時の記憶を思い出させる工夫をしていった。
 こうして作られた94号まで続く雑誌「谷中・根津・千駄木」は、地域の中にあるランドマークや地域にいた文人、地域で働く人など、記録として残すべきものを取り上げることで地域の記録文書としての位置づけを果たしていった。


 「今、古いものが残っていても放っておいたらどんどんなくなってしまう。高齢化、相続問題、デベロッパーなどに対抗しながら、どうすれば町を残せるかを考えてきた。」と森さんはおっしゃった。
 雑誌作りの傍ら、地域との関わりも強めていった。当時は男性中心で、女性は信頼されずお手伝いとしての雑用しかさせてもらえなかった。それでも地道に活動することでだんだんと町づくりの中に入て。
 初めは面倒くさいと思っていた町会も、人と人をつなぐために大事なもので、新しく来た人にその町の風習を伝えるという役割がある。前からある文化をどう守るか、どうコーディネートするかが求められる。
 「雑誌「谷中・根津・千駄木」に載っている町並みは、今はもうない。今記録しておかないとなくなってしまう。だから写真を撮って記録する。建物だけでなく生活文化も記録したい。町の中の声も録音して残したい。」と森さんはおっしゃった。
 建物の謂れや歴史、エピソードをみんなのものにしていくことで、自分たちの町に残された文化財に意識を向けて、守り受け継いでいくことができる。これからは今あるものを壊さずに相互扶助ができるようにしていく必要があることを森さんは切に訴えていた。


 現在の谷根千では「建物を壊して美術館をつくる」ではなく、町全体を美術館にする、空き地に家を建てずに小さな広場としていろいろなワークショップや催し物をおこなう、など谷根千をフィールドとしてさまざまな活動をする「次世代」が育っている。
森さん自身も2009年に刊行が終了した地域雑誌「谷中・根津・千駄木」やそれらを作る時に集まったノートやメモ、写真などの資料を後世に残すため、デジタル化をしてアーカイブする作業に尽力されている。
まずは身近にある文化に気づくこと、そして相互扶助のコミュニティを作ることが今求められている。「100個壊されるうちに2、3個守れた、という感じ。失敗した例もたくさんある。コミュニケーションすること自体が町づくり」という言葉で締めくくられた。

日時

2021年7月25日(日) 14:00~16:00

場所

塩尻市市民交流センター(えんぱーく) 多目的ホール

講師

森 まゆみ(もり まゆみ)さん

1954年生まれ。早稲田大学卒業後、出版社を経て、1984年、仲間と地域雑誌『谷中・根津・千駄木』を創刊、聞き書き三昧の30年、記憶を記録に替えてきた。地域を歩き話を聞く中から『鷗外の坂』(中公文庫、芸術選奨文部大臣新人賞)、『彰義隊遺聞』(新潮文庫)、『「青鞜」の冒険』(集英社文庫、紫式部文学賞受賞)などの著書が生まれる。
不忍池地下駐車場反対運動、赤レンガの東京駅保存など、地域の環境、建築物の保存・活用にも携わってきた。著書に『暗い時代の人々』(亜紀書房)、『お隣のイスラーム』(紀伊国屋書店)、『子規の音』(新潮社)、『「五足の靴」をゆく』(平凡社)など。元文化庁文化審議会委員。現在、日本ナショナルトラスト理事。地域で若者を集め、「バーあいそめ」を「さすらいのママ」として不定期に開く。3・11後は東北へ通い、特に石巻市北上川のヨシ原の保全に協力してきた。

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