8月28日(日)、学習院大学教授で民俗学・日本文化論がご専門の赤坂憲雄さんの講演会を開催しました。
赤坂さんは20年間東北各地をまわり、常民(民俗伝承を保持している人々を指す民俗学的用語)が、伝えてきた民俗語彙(口頭で伝承されてきた方言的な語彙)を聞き書きし、それらに込められている思想やワザ、智恵やモラルなどを掘り起こしてきたそうです。
講演概要
「背戸(せど、せと)のぞき」
赤坂さんのお話は「背戸」から始まりました。「背戸」そのものは、家の裏で薄暗いとか狭い場所といった意味ですが、民俗語彙的に「背戸のぞき」と用いると、家の裏側から覗かれることを嫌がるという意味合いで、訪ねたことを人に知られたくない秘め事といったニュアンスも含まれている。
「忍び撃ちは卑怯だ」
東北地方の猟師は、獲物がすぐそこまで近づいてこないと火縄銃を撃たなかった。身を晒して立ち向かってこそ、自然の中で生きていくことを許されるのだという考え方が根底にある。
「ひやみた(怠け者や欲張りな)人には炭焼きはできない」
炭焼きの窯は口をきかないが、とても調整が微妙で奥が深い。一本でも多くのいい炭を焼こうとする欲がなければ炭焼きにはなれないが、しかし欲に負けると失敗するという教訓を伝えている。
「天秤棒」
浜の独特な風習のこと。市場に卸す前に船乗り達が勝手に漁獲物を持ち出してしまう習慣のことで、船主もそれを容認していた。獲物はとった自分たちのモノだという占有観や船主に対する抵抗心が込められた言葉である。
「山には十人の敵がいる」
これはプロのキノコ採りの言葉である。プロのキノコ採りは見つけた茸が小さい場合には幾日か待ってからとる。ただし、この間に他のキノコ採りにとられたとしても文句を言わない。山の物は先着の人のものだという考え方があるからである。
「みずきは役立たずの木」
これも優先権についての民俗語彙。役立たずとは生産性がないという意味ではなく、誰が使ってもよい「無主物」であるということで、土から生えているものは先にとった人のものだと考えられていたからである。
「雑木はかならず根元から伐る」
ブナの大木の切り株からは芽はでないが、雑木の切り株からはたいへんな数の芽が出て若子が良く育つ。若い内に伐採して若い森を育てたほうがいいという、その地域の流儀や知恵が含まれている言葉である。
これらの聞き書きを通じて赤坂さんは、「文字の言葉ではなく、耳の言葉に初めて出会った。これは心で聞くものだ」と感じたそうです。
赤坂さんのお話を聞きながら、自分たちが生活している社会や地域にも同じように「民俗知」が存在していることに気が付きました。
「山野河海の言葉」が自分たちの身近に感じることができた講演会でした。
日時
2022年8月28日(日) 14:00~16:00
場所
塩尻市市民交流センター(えんぱーく) 多目的ホール
講師
赤坂 憲雄(あかさか のりお)さん
東京都出身。学習院大学教授。専門は民俗学・日本文化論。東北学を掲げて、地域学の可能性を問いかけてきたが、東日本大震災を経て、東北学の第二ステージを求めるとともに、武蔵野学を探りはじめている。主な著書に、『異人論序説』『排除の現象学』(ちくま学芸文庫)、『境界の発生』『東北学/忘れられた東北』(講談社学術文庫)、『岡本太郎の見た日本』『性食考』(岩波書店)、『武蔵野をよむ』(岩波新書)、『ナウシカ考』(岩波書店)ほか多数。