9月18日(日)、東京新聞で「一首のものがたり」や「一枚のものがたり」の連載をてがけられ、ご自身も佐佐木幸綱氏主宰の短歌雑誌「心の花」同人の歌詠みでもある加古陽治さんの講演会がありました。
講演概要
加古さんは、新聞社で事件取材を中心に25年のキャリアを積んだのち、文芸記者経験ゼロのまま文化部長にならりました。これはハンデではあるが、学生時代に親しんだ短歌であればアドバンテージがあると考えて、『一首のものがたり』を企画されました。この企画では、アクセスジャーナリズムではなく調査報道の手法を導入し、ニュースのある文芸報道を自分なりのルールとし、一首の背後にあるドラマを取材していったそうです。
講演会で取り上げられた短歌とエピソードの幾つかをご紹介します。
「「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」 俵万智
この俵万智の代表作は、もともとはサラダではなく、なんと「鳥の唐揚げ」だったそうです。
ボーイフレンドとの野球観戦用に作った弁当にいれたカレー味の唐揚げを、「おいしい」とほめられたことを歌ったものでした。最初、「カレー味のからあげ君がおいしいと言った記念日六月七日」と歌い、何度も改作されて「カレー味がいいねと君が言ったから今日はからあげ記念日とする」となりました。しかし、唐揚げでは歌にならないと考えて更に改作を重ねていた1986年の初夏、教職員室から受け持ちの教室に向かう廊下で「あっ、サラダ記念日!」だ。それが「サラダ」と「記念日」の二つのピースががっちりと結びついた瞬間だったと伝えています。
「音もなく我より去りしものなれど書きて偲びぬ明日と言ふ字を」 木村久夫
「きけ わだつみのこえ」に掲載されていた木村久夫の遺書は「哲学通論」の余白に書き込まれたものだけとされてきましたが、加古さんの取材から「遺書はもう一通ある」ことが分かり、遺族の方が調べたところ仏壇の奥から2通目の遺書が発見されました。この一連の取材は、「真実の「わだつみ」学徒兵木村久夫の二通の遺書」の発行につながりました。
また、2014年4月29日付の東京新聞では6面を割いて報じられました。
更に短歌だけでなく、1枚の写真から背後に隠れている想い出を取材する『一枚のものがたり』もご紹介いただきました。
「犯罪捜査」刑事を追え 張り込み日記<1958年> 渡部雄吉
写真集「張り込み日記」に登場する「主役」二人のベテラン刑事を撮影したのは、写真家・渡辺雄吉で、殺人事件の捜査を二十日間密着取材したときのものでした。
「主役」が誰なのかは、ロンドンの古書バイヤーが東京・神田の古書店で発見した120枚のモノクロ写真を、フランスの出版社が写真集として刊行したことがキッカケで判明していました。
「主役」のご家族に取材された加古さんは、働き盛りの日の姿が知らないうちに世界を駆け巡ったことを知ったご家族の姿を、時折墓前を訪れ、亡き父に語りかける。「おやじ、すごいな」と結んでいます。
取材をするためには、とことん準備をして相手への敬意を常に持ち、ただし聞くべきことは臆せずきくことが必要であり、日記や写真、録音などの資料で事実を確かめて丁寧に書くことが大切であるとおっしゃっていました。それが次につながり、そして「のれん」を築くことができるのだともおしゃっていました。
日時
2022年9月18日(日) 14:00~16:00
場所
塩尻市市民交流センター(えんぱーく) 多目的ホール
講師
加古 陽治(かこ ようじ)さん
1962年愛知県生まれ。東京外国語大スペイン語科卒。1986年中日新聞社(東京新聞)入社。教育担当、司法キャップ、文化部長、編集局次長などを経て編集委員。福島第一原発事故発生直後から原発取材班の総括デスクを務め、取材班は第60回菊池寛賞を受賞。金子兜太、いとうせいこう両氏が選ぶ「平和の俳句」(平和・協同ジャーナリズム基金賞大賞)の担当責任者。現在、一枚の写真、一首の短歌から背景をたどる「一枚のものがたり」「一首のものがたり」などの連載を担当。著書、編著書に『一首のものがたり 短歌が生まれるとき』(日本歌人クラブ評論賞)、『真実の「わだつみ」 学徒兵木村久夫の二通の遺書』、共著に『レベル7 福島原発事故、隠された真実』『原発報道 東京新聞はこう伝えた』など。佐佐木幸綱氏主宰の「心の花」同人の歌詠みでもある。